ノベオカ ミサキです。

こちら自己紹介のページです。

「もう、こんな自分はイヤだ!自分を変えたい!」
と、もがき続け、今に至った歩みを書いてみました。

長くなりますので、
ピンときたところからお読みください!

お時間ある方は、よろしければ最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです。

私は独身時代からずっと、
周りの雰囲気をいち早く読んで、その場に合った最適な立ちふるまいをしていました。

人間関係では
「この人って不安なんだな」「実はプライド高そう」「これを言ったら喜ぶなぁ」など、関わりながら相手を分析して、相手の心をつかむ言動をして、相手の信頼を勝ち取る。

自分の足りないところを見つけては「もっと良くしないと」「変わらないと」と克服しまくる。

そのおかげで、世間的に見たら、
努力家、仕事がデキる人、気が利く人、頼れる人、社交的、明るい、優しい人、良い人に思われていたと思います。かなりの“努力と根性の人”でもありました。
でも、その代償もありました。

何をするにも他者優先の滅私奉公。
自分へのダメ出しと、ダメの克服をする毎日。

さらに、周りへの気づかいと、完璧な自分を演出することに精神をすり減らし、体力も気力も使い果たして、本当は身も心もボロボロ。

おかげで週末はずっと家に引きこもり状態。
一日中パジャマのまま、ぼーっとして時間が過ぎていく。
何もしたくない。
人に会いたくない。
家から一歩も出たくない。

でも、休日を家で一人で過ごしているなんて、友達がいない人、充実していない人だと思われそう。

だから、リア充を演出すべく、行きたくないのに外出して、カラ元気ではしゃいでリア充工作をする。

でも、気力がついてこないと、友人に遊びに誘われても、「予定がある」と噓をついて断る。 約束していても、急に行く気が失せて、ドタキャンする。

こんな状態では結婚なんてできないだろうなぁ。
と思っていましたが、
奇跡的に伴侶に恵まれ、27歳で結婚しました。

楽しい結婚生活が始まって1年。
そろそろ子供が欲しいなぁ~と思うも授からず、
産婦人科へ行くと、不妊の傾向があるとわかり、治療が始まりました。

治療中は薬が合わず、体調もメンタルも優れず、
でも、夫の子供が産みたい!と、ここでも努力と根性で治療と向き合いました。

そして、3度の流産と2年間の不妊治療を経て、念願の妊娠。そして出産。

待望の我が子との楽しい日々が始まる!と、
大きな期待を胸に、子育てがスタートしました。

待望のわが子との生活が始まる!
これから忙しくなるぞー!
泣いてグズって大変な時もたくさんある。

でも、どんな時も笑顔で大丈夫だよ!と受けとめるお母さんになるんだ!
この忙しさを楽しめるお母さんになるんだ!
そんな期待を抱いて、子育てがスタート。

しかし、その思いとは裏腹に、私の人生の歯車が狂い始めました。


子育てがうまくいかない。


毎日夜泣きが続き、睡眠不足でヘロヘロ。
いつ(夜泣きが)落ち着くの?今日も泣くかなぁ?と、先が見えない不安でいっぱいの日々。

そして、やっと夜泣きが落ち着きかけた1歳半、
イヤイヤ期に突入。

突然ギャン泣きして大声を出したり、物を投げたり、
何をしてもおさまらない。

仕事が忙しく、帰宅が遅い夫はまったく頼りにならず、両家の実家も遠い。
ワンオペ育児でやるしかありませんでした。
唯一ほっとできるのは、子供が寝ている時だけ。

子供がお昼寝から起きると、
「あ~、もう起きちゃったかぁ。」
「また、頑張らなきゃ。」
と、心の奥底で思っていました。

その気持ちを押し込めようと、
無理やり笑顔をつくって、
かりそめの優しいママを演じていました。

本当は、
子供と二人の時間が心底辛い。
子育てが楽しいと思えない。
子供が可愛いと思えない。


でも、頑張らなきゃ!やらなきゃ!

そうやって頑張れば頑張るほど、
子供は更にイヤイヤでギャン泣き。
私のイライラも加速する。

自分では気づかないうちに、負のループに入っていました。


そんな状態の時、他のママを見ると、

「何であのママは、あんなに楽しそうに子育てしてるの?」

「“子供が可愛い~”って本当に思ってる?」

「幸せ!子育てが楽しい!って充実したママを装ってない?!」

みたいに、卑屈で妬ましいとらえ方をして、

どうしたらそう思えるの?
いつになったらそう思えるの?
誰か私が納得できるように説明して欲しい…。


と、心の中で毒づきながら、
ひたすら笑顔で我慢して頑張る日々を過ごしていました。

そしていつしか、心の余裕がまったく無くなり、
その影響は、子供にも及びました。

飲み物をこぼすなど、ちょっとしたことでスイッチが入って、カッとなり怒鳴る。

習い事で、他の子よりできないと、
「どうしてできないの!」とキツく当たってしまう。

ギャン泣きする子に寄りそわず、
「泣かない!」と一言残して家事に没頭する。


これも子供のため。しつけだから。
他のママだって、大なり小なり私と同じことをしてる。と、自分に言い聞かせ、無理やり落としどころを見つけていました。

でも、べったりとへばりついた罪悪感がぬぐえない。

「私がお母さんじゃなかったら…」と自分を責め、眠るわが子に毎晩、
「今日もごめんね」と謝り、
「明日からは怒らない」
「明日こそは笑顔でいいママでいよう」と誓っては、
いとも簡単に誓いをやぶり、そんな自分に落胆をくり返す。

また怒っちゃった。なんでいつもこうなるの?!
こんなの良くないとわかってる。
でも、どうしてもやめられない。

毎日毎日そんな状態が続いて、
顔は笑っているけれど、心はズタボロ、罪悪感まみれでした。



この状況をどうにかしたくて、子育て相談に頼ると、「わかるよ、大変だよね」と同情してくれるものの、具体的な解消方法には至らない。

怒りのコントロール方法を学んでも、
学んだ当初はよかったが、怒りにのっとられると、もう止められない。

イライラを抑えようと、薬や漢方に頼るも、
少しは落ち着くけれど、カッとなる、イライラするのがおさまらない。

子供との接し方、コミュニケーションの取り方など、
穏やかに子供と接する方法を模索して学んで使いこなしても、気がつくと元通り。


次々と違う方法を求めて、セミナージプシー状態に。
気づいた時には、15以上のセミナーや講座、ノウハウを渡り歩いていました。

それでも解決方法が見つからず手詰まりに。


落胆しては立ち上がり、笑顔で頑張る毎日にも限界が来た時、事件が起こりました。

うつ病を発症したのです。
きっかけは、身内のささいな一言でした。

その日から、まったく眠れなくなり、
食欲もなくなり、何も楽しくない、イライラもしない。食事のメニューも考えられず、何がなんだかわからない。何の気力もわかず、毎日泣くばかり。

人生のどん底を味わいました。

「私、終わった。」

「もう、生きるのをやめたい。」

本気でそう思いました。


激やせして体はふらふら。立っているのがやっとなほど。
意識はうつろで、夕飯の献立が考えられない。
笑えないし、涙が勝手に出てきて止まらない。

家族や周りの人は、変わり果てた私を見て、ただただ動揺するばかり。


「元気でしっかり者のあの人がなぜ?!」

心配はしてくれるけど、誰も手を出せない様子でした。

そんな中、

私を救ってくれたのは、

2歳半のわが子の一言でした。



相変わらずの心身絶不調の中、なんとか一日を乗り切り、わが子と一緒にお風呂に入って、あとは着替えて寝るだけ。

今日がやっと終わった。長かった~。
でも、また眠れない夜が来る。怖いなぁ。


一体いつまで、この状態が続くのだろう。
辛い。苦しい。辛い。苦しい…。


頭の中で、ぐるぐると独り言をつぶやきながら、わが子の着替えをしていました。


当時のわが子はお着替えの練習中で、
上のパジャマをかぶせると、
「いないいない、ばあ~!!」と言いながら、
頭を勢いよくパジャマから出す。という遊びにハマっていました。


その日もいつもと同じように、
パジャマを頭にかぶせると、
「いないいない、ばあ~!!」と言いながら、元気にポンッと頭を出して、満面の笑顔で大喜びしていました。

でも、私と目が合うと、わが子は急に真顔になり、小さな両手で、ぴたっと私の頬を包み込みました。

わが子の突然の行動に驚き、
一瞬、時が止まり、
何が起こったのかわかりませんでした。

そしてわが子は、
思いがけない一言を放ちました。


「お母さん、私がいるから大丈夫。」


その瞬間、こらえていたものが一気にあふれ出し、わが子を抱きしめ、声を出して泣きました。
32年間の人生で、一番泣きました。

わが子は泣きもせず、私を抱きしめ、小さな手で、私の背中をひたすらなでてくれました。
わが子の姿が頼もしく、心強く、とっても嬉しかった。

でも同時に、
「こんなことを2歳半の子に言わせる母親ではいけない!」
と、私の心の中でカチッとスイッチが入りました。

「うつ病を治したい」
「二度とこんなことになりたくない」
「どうして自分がこんなことになったのか、徹底解明してやる!」

うつ病でどん底の私を、わが子がたった一言で救い出し、とてつもない意欲と行動力を授けてくれたのです。

私はその日から、カウンセリングを受けました。

カウンセリングで話を聞いてもらうと、
こんなに話を聞いてくれるんだ。
こんなに共感してくれるんだ。
自分が思ったことを言っていいんだ。

と、すごく嬉しくなるし、スッキリして、「よし、頑張ろう!」そう思えるのですが、何日かするとまた、モヤモヤして元通りの繰り返し。

私には、
話を聞いてもらうだけでは解消しない、
根本的な問題がある。

そう感じ、カウンセリングだけでは物足りず、心理学の勉強を始めました。

それから、「私にはもう無理です。」と、カウンセラーの交代申し出があったり、「あなたには、もう言うことがない。」と言われたりもしました。

それでもあきらめられなかった私は、人を替えてカウンセリングを受け続け、自分で勉強しながら原因を突き詰めました。


そして、5人目のカウンセラーに出会ったことが、私にとてつもなく大きな変化をもたらしたのです。

5人目のカウンセラーは、
マダムと呼びたくなるような、しとやかで落ち着きがあり、凛とした女性でした。

彼女から告げられたのは、
独身時代が苦しかったのも、
子育てが辛かったのも、
うつ病になったこともすべて、
自分の幼少期の家族関係につながっている。ということでした。

今まで私が体験した、さまざまな悩みは、元をたどると根は同じ。
この気づきが、私の人生を劇的に変えました。

人と関わる中で感じていた、あの辛さも、この苦しさも、元をたどると幼少期にたどり着く。

その仕組みを1つ1つカウンセラーに説かれるたびに、早く解決しなきゃ!と焦ってぐるぐるだった頭の中が、自然と整理され、落ち着いて自分をふり返る、余裕が生まれていました。

そして、
「私はもう、大丈夫。」
不思議なくらい、根拠なくそう思えました。

わが子のことが、
「可愛い」
「本当に大切な存在」と、
心底思えるようになりました。


今までの私は、
子供との関わり方を変えよう
怒りや感情コントロールをしようと、
悩みの根ではなく、枝葉ばかりに手をつけていた。

そしてその効果は、一時的でその場しのぎでしかなかった。

すべては根から始まっていて、その根を突き止め、手をつけない限り、悩みは人と状況を変え、別の枝葉となって表出し続け、いつまでも終わらない。

自分の一連の体験から、悩みの根を突き止める重要さを痛感しました。

悩みの根を突き止めたことで、光が見えた反面、
イヤで嫌いで、ひた隠しにしていた、本当の自分とも向き合うことになりました。


本当の自分は、
繊細で不安が強く、自信がない。
内向的で、人づきあいが大の苦手。

でも、そんな自分ではダメ。
だから、社交的で明るい、本当の自分とは真逆のキャラを演じていました。


何でも一人で頑張ってしまうのは、
「ありのままの自分では価値がない」
「頑張らなければ評価されない」
「誰も私を助けてくれない」
「人を信じてはいけない」

という、幼少期にできた思いこみがあったからでした。


わが子にカッとなって怒鳴ってしまう、
イライラが止まらないのは、
幼いころ、すごく我慢していたから。

私が幼いころ、
泣いたり怒ったりすると、母を困らせてしまう。
だから、泣くのも怒るのも我慢していた。
でも、わが子は我慢なんてせず、あるがままの感情を表現する。

そうすると、
意識が幼いころの自分にタイムスリップして、
「私は我慢していたのに、許せない!」
と、カッとなって怒鳴ってしまう。


わが子が人と比べてできないことがあると、
イライラしてしまうのは、
私が幼いころ、人と比べられ、
できないことは「やれ!」と父親に強要されたから。

例えば、テストで点数が父親の望むものより低いと、間違いを理解できるまで、徹夜で勉強させられる。

運動神経が悪いのに、父親が望むバスケをやらされ、試合で活躍できるようにと、家で筋トレや練習を強要する。

やらない、できないなんて許されない。
できないなら、できるまで頑張らなければいけなかった。辛くても苦しくても、父は頑張ることをやめさせてくれなかった。

助けてほしくて母にうったえても、
父が怖くて逆らえない母は、
「お願いだから、お父さんの言うことを聞いて。」の一言だけ。

私が父に、怒鳴られたり、手を挙げられてる姿を見ても、自己保身のために、見て見ぬふり。

その経験から、
誰も私を助けてくれない。
人は信じられない。
信じられるのは自分だけ。

という思いこみが、知らぬ間にできていたのです。

だから、わが子がちょっとできないと、
幼いころの思い込みが発動して、
焦らずのんびり、頑張らないわが子にイライラする。


悩みの根である、自分の幼少期を見ることで、
大人になった自分が、
なぜこんなにも苦しかったのか、
なぜこんなにも悩んでいたのか、

なぜ何をしても変われなかったのか。

根本原因がストンストンと腹落ちして、
ものすごく楽になり、安堵した感覚は、10年経った今でも鮮明で忘れられません。

悩みの根に気づき、
これからは自分のために生きたい。もっと自由に生きていい。

それはわかったのですが、
新たな悩みが出現しました。


それは、自分のことがわからない。

幼少期のころから、自信がなくて人に合わせ、
自分を取り繕っていた影響で、
本当の自分を人にさらけ出せなくなり、
自分で自分のことがわからなくなっていました。

カウンセリングでは、
素の自分でいればいい
ありのままの自分でいればいいいと言われ、
それはよーーーくわかる。その通りだと思う!

でも、
どれが素の自分なの?
ありのままの私って何?
本当の自分がわからない!

という、新たな悩みにぶつかり、

人に合わせて偽ったり、装ったりして、押し込めていた、本当の自分を知りたい!!と思うようになりました。

そこで、性格診断、心理テスト、個性分析、イメージワークなど、本当の自分を知る方法を求めて、自分を実験台に、手当たり次第、試して学んでみました。


そして一番手ごたえを感じたのが、
東洋占星術でした。


東洋占星術は、古代中国で4,000年前に発祥し、
干支暦(生まれた年・月・日)をもとに、
その人の生まれ持った素質、宿命、運勢を読み解く学問です。

東洋占星術を駆使することで、
目の前で起こる出来事を、自分がどのように感じ、考え、どんな行動をするのか?
あるがままの自分、本当の自分が読み解ける。


自分で自分がわからなくなって迷走していた私にとって、東洋占星術が強力な救いとなりました。


本当の私は、
人に合わせるのが苦手、自分のペースが大事な人。
みんなでワイワイ行動するより、一人で好きなことに没頭することに喜びを感じる。
計画的にコツコツ頑張るよりも、やれる時に全力を出す方が、より良い結果を出せる。
論理的に筋道を立てて考える能力は皆無だが、その場の状況、目の前の人の本質を見抜く直感力に優れる。


本当の自分がわかると、
今まで、人と関わるのが苦痛だった理由がわかったり、コツコツ頑張れないのに、無理していたなぁとか、社交的なふりをしていたけど、真逆だったと腑に落ちました。

そして、人と関わる時に、人と比べて落ち込んだり、
自分にフタをして、無理して我慢して人に合わせることも少なくなりました。

これでいいの?と迷ったら、生まれ持った素質に立ち返って、自分を基準に行動を選択できるようになり、人と関わるストレスが激減。東洋占星術を知る前のころと比べると、雲泥の差です。


さらに、東洋占星術で、生まれ持った才能もわかりました。


私の才能は、
魅かれたものを徹底的に掘り下げる探求力。
規格外の発想、奇抜なアイディアを生み出す、独特の感性。
目に見えるものの奥にある、見えない世界を洞察し、本質をあぶり出す力。


最初は「本当にこれが自分の才能なの?!」と半信半疑でした。

しかし、才能を知って日常で活かしてみると、
「あなたの意見が聞きたい」
「あなただったらどう思う?」と、
私独自の視点を求められるようになりました。

さらに、人の才能を見つけることも大得意だとわかり、困った時は、才能がある人を見つけて頼ったり、その人の才能を活かした職業や働き方を提案し、それをお仕事にまですることができました。

今までみたいに、
できないことを、人より努力して頑張らなくてもいい。

それよりも、才能を自覚して活かせば、
ストレスも頑張りも少なく、能力が十分発揮できて、
自分も楽しく、人にも喜ばれると実感できました。


才能を活かすことができるようになり
わかったことは、

本当の自分で生きること、
才能を活かして生きることを妨げているのは、
悩みの根である、幼少期の思い込み。

この思い込みが強烈なブロックとなって、
自分らしく生きようとするほど、
才能を活かそうとするほど、
ブレーキをかけるのです。


才能を活かし、本当の自分で生きるためには、
2つの無意識を意識化する(気づく)こと。

1つ目は、
望まない現実に向かってハンドルをきり、
アクセルを踏みこむ、
「無意識の反応パターン」に気づくこと。

2つ目は、
反応パターンを引き起こす根本原因である、
「幼少期の思いこみ」に気づくこと。

この2つに気づくだけで、
「これが悩みの元凶だったのか~」と腑に落ち、
長年の呪縛からの解放感を味わえたり、肩の荷が下り、ぐっと楽になり、体と心の余裕が生まれる。

そこで初めて、
「才能で生きるには、どうしたらいいか?」を想像する余裕が生まれ、「本当の自分で生きてみたい!」と意欲がわいてくるようになります。

しかし、それだけではまだ足りませんでした。
日常生活は格段に楽になり、意欲もわいてきた。

でも気づくといつも、
周りの環境や他人にふり回されるループにハマってしまう。

そして後になって、
あ~、またやっちゃった。
才能で生きたい、本当の自分で生きたいのに、
気づくといつも、誰かや何かにふり回されてる。

わかっているけど、やめられない。
どうしたらいいのかわからない!!

そんな時にたどり着いたのが、体へのアプローチでした。

最終関門を突破すべく、
心理療法、認知行動療法、自我状態療法など、良さそうなセラピーや療法を、手当たりしだい人体実験しました。

その結果わかった、ふり回されるループにハマる根本原因は、幼少期に身に着けた回避行動を、無意識にとってしまうからでした。

体は、幼少期に傷ついた体験を記憶しています。

傷ついた当時、
どんな感情、感覚を味わったか?
その時、自分で自分を守るために、
どんな回避行動をとったか?
それらを身体の感覚として体に刻みこみ、記憶します。

その記憶方法は、自転車の乗り方を覚えた時のように、感覚では覚えていても、言葉で説明できない記憶となって体に残り続け、消すことができない。

そして、日常生活で「あの時みたいに傷つくかも?!」と体が察知すると、自分を守ろうと、とっさに回避行動が発動します。

その速さは、頭の認識が追いつかないくらい。
体が素早く察知して、反応して、
あっという間に回避行動をとってしまいます。

だから気づいた時には、
なんでこうなっちゃったの?!
またふり回されてしまった!
わかっているけどやめられない!
という望まない結末になってしまいます。

回避反応モードの体は、
恐れや不安を感じやすく、
必要以上に敏感で、過緊張状態。

その状態で、いくら言葉で、
「大丈夫、安心していいよ」
「才能で生きてもいいんだよ」
「本当の自分で生きようよ!」とアプローチしても、
回避反応が暴発して、根本的な変容にはたどり着けない。

本当にやるべきことは、回避反応の源泉である、
体にアプローチして「大丈夫!」を伝えること。

そのためには、
傷つき体験を、避けるのではなく、
見ないようにフタしていた傷つきに、気づくこと。
そして、感じること。

これこそが、望む現実に向かうための、
本質的なアプローチだということにたどり着きました。

体へのアプローチを欠いたまま、
望む現実を追い求めても、
必ず望まない現実に引き戻される。

変わろうとすればするほど、
望まない現実を引き寄せる。



例えば、
「才能で生きよう!」と意を決して行動しても、
体が「あの時みたいに傷つくかも!」と察知すると、
回避反応が起こり、不安や恐れがわき上がり、体が過緊張状態になる。

そして、頑張ってもうまくいかず、自信が持てず、気づくと他人と自分を比べ、欠点や不足を見つけて克服している。

才能で生きようとしているつもりが、
いつの間にか、他人や世間的な評価にふり回される結末を迎えている。

そうなるのは、
自分のせいではなく、回避反応が起こるからであり、
体を変えない限り、回避反応にふり回され続けます。

これは、自分で人体実験して何度となく痛感しましたし、お客さまの経験を見ていても、必ず起こっていることです。

終わりに

うつ病をきっかけに、悩みもがき苦しむ根本原因と解消方法を、徹底的に解明してやる!!と、探究し抜いて10数年が経ちました。

探究して気づいたことは、
私は幼いころからずっと、
誰かの望む道を、誰かの言う通りに歩いていた。ということです。

自分にがっちりフタをして、
誰かが良いという道を歩んでいれば正解で、
波風立たず、安全に生きられる。

しかしそうしていると、
フタがどんどん強固になって、
自分の本当の気持ちや感情、望みがわからなくなる。

その状態で、
悩みを解消しようとすればするほど、解消しない。
自分を変えようとすればするほど、変えられない。


むしろ、悩みがこじれたり、深刻化し、
変わらない自分を嘆く現実がやって来る。

ならばどうすればいいか?というと、
ただ、気づくだけでいい。

何に気づけばいいか?というと、
今まで、見ないようにフタしていた幼少期の思い込みに気づくこと。
無意識のうちに発動する、幼少期に身に着けた回避行動に気づくこと。
なかったことにしていた、生まれ持った才能に気づくこと。

「気づく」を続けていると、本当の自分がわかってくる。

そして、本当の自分だったら、何をしたいのか?が見えてきて、道が定まる。これ、やってみようかな。と、自然と意欲がわいて行動したくなる。

気づくと、自分の望む道を、自分の力で歩んでいけるようになっている。

自分の道を歩んでいると、いつの間にか、
自分との関係が良好になり、それにシンクロして、自分の周りの世界も良好になる。

解消しようとしていた問題が解消している。
変えたい!と思っていた人や物事が変わっている。
望んでいた現実がやってくる。

その一歩が、気づくことなのです。


しかし、悩みの解消を10年以上探究して実感したことは、自分で自分に気づくことは、なかなか難しい。

なぜなら、自分自身では気づけないように、
何重にもトラップをかけ、厳重にフタをしているから。

そして、
自己分析は事故分析になるということ。

自分で自分を分析して、なんとかしようとすればするほどドツボにハマり、抜け出せない。

だからこそ、
信頼できる他者に客観的に見てもらい、分析してもらうことが必要。と痛感し、10年以上探究と人体実験して効果を実感した、心理、東洋占星術、ボディワークを駆使して、自分の望む道を、自分の力で歩める人を世の中に増やしたい!との思いで、現在、個別セッションをさせていただいております。


相談業をしているのに、こんなことを言うのはなんですが、私は人と関わるのが苦手(嫌い)です。
なぜなら、共感したり、寄り添うことが苦手だから。

夫からは、
「あなたは、人そのものを見ずに、人の周りのコトを見るタイプ」と言われます。

遅刻した人を怒って責めるのではなく、
なぜこの人は遅刻するのか?遅刻する原因を分析するタイプです。

なので、悩んで辛いんです。苦しいんです。と言われると、共感するのではなく、

なぜこの人は、この状況を苦しいと感じるのか?
辛くなるのは、何がそうさせるのか?

その根本原因を分析してお伝えする。

私のセッションは、そんなスタイルです。

人が苦手でも、相談業をしたいと思うのは、
人が悩む仕組みを分析するのが、
この上なく好きだから。
人の才能を特定するのが好きで得意だから。
才能で生きる人がもっと世の中に増えたらいいなと思うから。
自分の望む道を、自分の力で歩む人が、もっと世の中に増えたらいいなと思うから。

そんな思いでセッションをさせていただいております。
ここまで長い自己紹介にお付き合いいただき、どうもありがとうございました。

ノベオカミサキ


他と比較していただいて、構いません。

初めてカウンセリングやセッションを受けるという方は、とにかく不安なことばかり。どんな風に話を聞いてくれるの?どんなことまで話せばいいの?最終的に、いくらかかるの?どんな手法が自分に合っているか知りたい!など、まずはLINEでお気軽にご相談ください!